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福岡地方裁判所 昭和50年(行ウ)32号 判決 1976年8月10日

原告 松岡君代 外一二名

被告 福岡市長

主文

一  原告らが各自昭和五〇年七月一九日被告に住宅改修資金借入れを申請したのに対し、被告が何らの決定をしないのは、違法であることを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(本位的請求の趣旨)

主文と同旨

(予備的請求の趣旨)

1 被告が昭和五〇年七月一九日原告らの各住宅改修資金借入申込みに対してなした申込不受理の各処分をいずれも取り消す。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告の答弁

(本位的請求に対する本案前の答弁)

1 原告らの訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(本位的請求及び予備的請求に対する本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  本位的請求の原因

1  原告らは、昭和五〇年七月一九日、被告に対し、それぞれ福岡市住宅新築資金等貸付条例(昭和五〇年福岡市条例第五七号、以下「本件条例」という。)及び福岡市住宅新築資金等貸付条例施行規則(昭和五〇年福岡市規則第四七号、以下「本件規則」という。)に定める住宅改修資金(以下「本件住宅改修資金」という。)の借入れの申込みをなし、右各申込み(以下「本件申請」という。)は同日受理された。

2  しかるに、被告は、相当の期間を経過した現在(口頭弁論終結時である昭和五一年六月七日)に至るも本件申請に対して何らの決定もなさない。

本件住宅改修資金は、同和地区に居住する住民を対象とし、老朽化した住宅又は防災上、衛生上若しくは居住上劣悪な状態にある住宅で改修により耐久性が増し、又は劣悪な状態が改善される見込みのあるものを改修しようとする者に対して貸し付けられるものであるところ、原告らはいずれも右趣旨による住宅改修の必要があつて本件申請をしたものであり、資金の貸付けを受くべき緊急の必要性がある。

被告は、従前、本件条例及び規則による借入申込みに対しては、約一か月後に貸付の決定をするのが通例であり、また、本件申請の日までに原告ら以外の者からなされた借入れの申込みに対しては昭和五〇年一〇月七日に貸付決定をしたのにかかわらず、ひとり原告らの本件申請に対してのみ、何らの決定をなさずにこれを放置しているのであつて、その違法たることは明らかである。

よつて、原告らは、被告に対し、本件申請について何らの決定をしない被告の不作為が違法であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  不作為の違法確認の訴えの原告たりうるのは、行政庁の処分について申請権を有し、かつ現実に申請をした者に限られるところ、次に述べるとおり、被告は原告らからの住宅改修資金借入申込書を受理してはおらず、原告らからの申請行為がないのであるから、原告らはいずれも本件訴えの当事者適格を欠き、かつ、不作為の違法確認を求める利益を有しない。

(一) 本件住宅改修資金の貸付は同和地区住民を対象とするものであるところ、同和地区住民とは、国の同和対策審議会の答申がいう「日本社会の歴史的発展過程において形成された身分階層構造に基づく差別により………近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていない」人々で、伝統的集落の生まれなるが故に陰に陽に身分的差別を社会的に受けることにより日常生活の上で実害を蒙つている人々を指していう行政用語であり、一定地域の集落内に居住する人であつても、社会的に身分的差別を受けない住民は同和地区住民ではないので、現に同和地区に居住する住民であつても社会的に身分的差別を受けない住民は、本件住宅改修資金の貸付対象者とならない。しかるに、ある特定の住民が右の貸付対象者か否かを被告自身で判定する具体的方法が他に見当らないところから、福岡市においては、部落解放同盟福岡市協議会と協議のうえ、右協議会(以下「解同市協」という。)の確認を得ることによつて対象者を判定することとし、昭和四六年度以降、借入希望者に対し借入申込書に解同市協の支部長の認印を求めさせ、この認印があるものをもつて本件条例及び本件規則による住宅改修資金借入の申込みと認めることとした。そして、同年度から昭和四九年度までの間、合計四三二件の借入申込書が提出され、被告はこれを受理したが、支部長の認印を欠くものは一件もなかつた。

(二) ところが、昭和五〇年七月一八日、訴外浅田武志外数名が福岡市の住宅改良課に解同市協支部長の認印のない約一〇件の借入申込書を持参したので、担当職員は「一応預つておく」旨答え、同人らは帰つたが、翌一九日、今度は訴外藤岡市会議員及び右浅田ら約一〇名が福岡市の担当助役室に来て「解同市協支部長の認印を要求することは不当だ。何故受理しないのか。」という趣旨の抗議を再三にわたつて行つたが、福岡市当局側は終始「支部長の認印のないものは従来どおり受理できない。」旨の回答をした。このようなやりとりの末、右浅田らは退出する際五、六件の支部長の認印のない借入申込書を担当助役の机の上に置いて立ち去つた。

(三) 被告は、同年八月二日、右のように置き去られた申込書(全部で一六通あつた。)を、いずれも解同市協支部長の認印をもらつて同一一日までに再提出するようにとの文書を添えて、申込書記載の該当者にそれぞれ返送した。

(四) 同月六日、訴外藤岡議員外六名は、被告が返送した申込書を持参して福岡市建築局長室を訪れ、同局長不在のため担当の森課長に対し、支部長の認印のないままで受理するようにとの抗議をしたので、同課長が「従来どおり支部長の認印のないものは受理できない」旨回答したが、それにもかかわらず、被告において受け取る意思がないのに勝手に、同局長室の応接テーブルの上に右各申込書を置いて帰つたのである。

(五) 右一六件の申込書のうち原告らを除く三件については、同月七日、八日及び同年九月九日にそれぞれ一件ずつ、いずれも解同市協支部長の認印を補正のうえ持参されたので、被告はこれを受理した。

被告が受理した昭和五〇年度の借入申込は右の三件を含め合計一二二件であつたが、被告はこれにつき申込内容の審査をしたうえ、うち九七件につき同年一一月五日までに貸付の決定をした。

前記のように、本件住宅改修資金貸付制度は、同和対策事業の一環として行われるものであり、同和地区住民、即ち同和地区にあつて歴史的、社会的にいわれのない差別を受けている人々を対象とするものである。ところが、もとより同和地区という行政区域が存在するわけではなく、どこからどこまでが同和地区と線引きされているわけでもない(同和対策事業特別措置法や本件条例には「対象地区」とか「同和地区」との表現があるが、それがどういう範囲のものを指称するかについては何ら規定されていない。)。また、同和地区内の居住状況は、同和地区住民とそうでない住民とが混住しているのが一般であり、したがつて、同和地区住民をどのようにして判定するかは、同和行政上のもつとも難しい問題である。

以上のような同和行政の特異性に鑑み、同和地区住民であるとの判定は、それらの人々を代表する組織を通じて行うほかないこと、加えて国の同和政策の背景に部落解放同盟の解放運動があつたところから、福岡市においては、昭和四一年「福岡市住宅改修資金貸付条例」制定の当初から、解同市協との協議により、前記のような取扱を確立させて来たのであつて、これは同和対策審議会答申や同和対策特別措置法(以下「特別措置法」という。)によつて示された同和対策事業の本旨にそい、かつ、本件条例及び規則の趣旨にかなうものというべきである。

結局、解同市協支部長の認印を欠く原告らの申込書の提出をもつて貸付申込があつたとすることはできないので、被告は原告らに対し、再三にわたり解同市協支部長の認印をもらうよう求めたのにかかわらず、右認印のある申込書は提出されるに至らなかつたから、被告は原告ら主張の申請を受理してはいないのである。

2  本件住宅改修資金貸付制度は、その目的からみれば同和行政の一環として公的なものではあるが、その内容からみれば私法上の消費貸借契約にかかるものであるので、本件住宅改修資金の借入申込自体行訴法三七条の処分についての申請には該当せず、また右申込みの受理ないし不受理は同法三条二項の処分に該当しない。

3  本件各訴えは、昭和五〇年度の住宅改修資金借入に関するものであるところ、昭和五〇年度は昭和五一年三月三一日をもつて終了しているから、同年四月一日以降原告らは訴えの利益を喪失した。

以上のいずれの理由によるも、本件各訴えは不適法として却下を免れない。

三  本位的請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は否認する。詳細は、被告の本案前の主張1で述べたとおりである。

2  同2の事実中被告が原告らに対し貸付の決定をしていないことは認める。

四  被告の本案前の主張に対する原告らの答弁

1  本件住宅改修資金の借入申込書に解同市協支部長の認印のあるものをもつて本件条例及び本件規則による借入申込みと認める旨の被告の主張は、特別措置法、本件条例及び本件規則に違反し、本件条例及び本件規則に規定していない受理要件を法的根拠なしに増設するものである。

先ず、被告は、現に同和地区に居住する住民であつても、社会的に身分的差別を受けない住民は住宅改修資金の貸付の対象にならない旨主張するが、その立論の前提たる考え方が誤つていることは明らかである。即ち、特別措置法一条(目的)、五条(同和対策事業の目標)及び六条(国の施策)によると、同法は同和対策事業を明白に「対象地域」に対する施策と規定しており、「対象地域」の住民のうち社会的に身分的差別を受けている住民のみを対象とする施策であるとは規定していない。また、同和対策審議会答申をみても、同和対策事業が特定の地域を対象に行われるべき対策であることは明らかである。

右の点は、本件条例も同様であつて、その一条(目的)、二条二項(定義)及び三条二号(貸付対象者)によると、本件住宅改修資金の貸付対象者は被告の主張するように対象地域における住民のうち特に社会的に身分的差別を受けている住民のみに限られてはいない。即ち、右各規定から明らかなように、本件住宅改修資金貸付事業の目的は、あくまでも対象地域即ち福岡市における同和地区の住宅を改修し、もつて当該地区の生活環境の改善を図ることにあるから、貸付の対象者であるための第一の要件は、右地区内に存在する住宅の所有者又は借家人であることであつて、被告主張のように社会的に身分的差別を受けているかどうかどうかは全く問題とならない(本件規則様式第一号の二住宅新築資金等借入申込書もこれを前提として作成されている。)。したがつて、被告は、本件住宅改修資金借入れの申込みがあつたならば、改修を求めている住宅が福岡市における同和地区内に存在するか否かを判断すればよいのであつて、そのためには建物の登記簿謄本を確認する等の方法で足り、実際にその建物が同和地区内に存在するか否かについて疑問がもたれる場合には、現地調査をすればよいのであつて、いずれにしても極めて簡易な手続、方法でもつて判断しうるところである。そして、現実に貸付けをするか否かは、当該申込者及びその住宅が本件条例三条二号、二条二項に規定する要件をみたしているか否かの実質的判断をすればよいのである。

以上のとおりであつて、本件申込書に解同市協支部長の認印を要求する何らの理由もないことは明らかである。

2  被告の主張1の(二)ないし(四)に記載の事実は、担当職員が「一応預つておく」旨答えた点並びに福岡市当局側及び森課長が「支部長の認印のないものは従来どおり受理できない。」旨回答したとの点を除き、その余の事実はおおむね被告主張のとおりであり、かようにして原告らの申込書はすべて昭和五〇年七月一九日までに被告に提出されたのである。なお、これまで、福岡市当局側は原告らに対し「支部長の認印を貰つてほしい。」と述べるのみで、原告らの申込書を受理できないとか、受理していないとの主張は本訴提起後に始めてなされたものである。

3  被告は、原告らの借入申込書を受理していないから本件訴えは不適法であると主張するが、そもそも不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請を受け、相当の期間内にその申請に対応する処分等をなすべきであるのにかかわらずこれをしない場合に、その行政庁の不作為が違法であることの確認を求めるものであり、法令に基づく申請行為さえあるならば、それが受理されようがされまいが、右訴えを適法に提起することができると解すべきである。

本件借入申込書に解同市協支部長の認印が欠けているため被告がその受理を拒否したということは、解同市協支部長の認印をもつて借入申込みが有効であるための要件とみなすことを意味する。即ち、被告の主張によれば、原告らの借入申込みは不適法であるから受理を拒否しているということになる。

しかしながら、不作為の違法確認の訴えにおいて申請が適法であるかどうか、換言すれば適法な申請に基づく不作為の状態が存するかどうかは本案に関する判断事項であつて、原告適格の問題ではない。

五  予備的請求の原因

被告は、前記のように、原告らが被告に提出した各住宅改修資金借入申込書(以下「本件申込書」という。)に解同市協支部長の認印が欠けているとの理由で、その受理を拒否したと主張する。

はたしてそうであるならば、右の不受理処分が違法であることは既に述べたところから明らかであるから、右各不受理処分の取消しを求める。

六  予備的請求の原因に対する答弁

原告ら主張の理由により被告が原告らの借入申込書を受理していないことは認めるが、その余の原告ら主張は争う。詳細は、被告の本案前の主張1で述べたとおりである。

第三証拠<省略>

理由

一  まず、原告らの被告に対する本件住宅改修資金借入申込み(本件申請)が行訴法三条五項に定める不作為の違法確認の訴えにいう「法令に基づく申請」に該当するか否かにつき判断する。

いずれも成立に争いのない甲第一及び第二号証によると、本件条例は、福岡市が同和地区の住環境の整備改善を図るため、当該地区に係る住宅の新築若しくは改修又は住宅の用に供する土地又は借地権の取得について必要な資金の貸付けを行うことに関し必要な事項を規定し、もつて公共の福祉に寄与することを目的として制定されたものであり(条例一条)、本件条例の定める住宅改修資金の貸付対象者は、右目的に沿うべく一定の者に限定されていること(同三条)、そして、住宅改修資金貸付けの申込みが本件規則四条に定める方式によつてなされた場合には、被告において借入申込者について申込内容を審査のうえ貸し付けるかどうかを決定し(規則五条一項)、貸し付けることを決定したときは住宅改修資金貸付決定通知書を交付し、貸し付けないことを決定したときはその旨を通知することとされ(同条二項)、貸付決定の通知を受けた借入申込者は、改めて福岡市との間で住宅改修資金の借入れ契約を締結する運びとなる(規則六条一項)ことを認めることができる。そして、被告が本件住宅改修資金の貸付決定をなすに当つては、同和行政の公益目的達成のために相当かどうかという観点から判断をすべきことは明らかである。してみると、貸付決定がなされた後に貸付申込者と福岡市との間で結ばれる契約が私法上の消費貸借契約であるとしても、右貸付決定自体は、被告が、公金の管理上、本件条例及び本件規則の規定に従い、行政機関たる地位においてなす処分と解すべきである。したがつて、右のような被告の貸付けについての決定を求める本件申請は、行訴法三条五項、三七条にいう行政庁の処分を求める申請に該当すると解するのが相当である。

よつて、本件住宅改修資金貸付制度の内容が私法上の消費貸借契約である故に不作為の違法確認を求めうる場合に該当せず、本件訴えは不適法である旨の被告の主張は理由がない。

二  次に、原告らが行訴法三七条にいう「処分又は裁決についての申請をした者」に該当するかどうかについて判断する。

被告は、原告らからの住宅改修資金借入申込書は被告においてこれを受理していないから、原告らは右にいう「申請をした者」に該らない旨主張する。

しかしながら、行訴法三七条に定める「処分又は裁決についての申請をした者」とは、当該訴訟の対象となつている不作為の内容である処分又は裁決について現実に申請(ここに申請とは、行政庁に対し処分又は裁決という一定の行政行為を求める私人の公法行為をいい、原則としてその到達によつて効力を生ずると解される。)をした者であることを要し、かつそれをもつて足ると解すべきところ、いずれも成立に争いのない乙第七ないし第一〇号証に弁論の全趣旨を総合すれば、原告らが被告に対し、いずれも昭和五〇年七月一九日までに、本件条例及び規則の定めるところに従つて住宅改修資金借入申込書を提出することにより、右借入の申請をしたことを認めるに十分である。即ち、被告の主張するところによれば、原告ら各自を申込者とする借入申込書が昭和五〇年七月一八、一九日の両日訴外浅田武志らによつて福岡市役所建築局建築部住宅改良課及び同市役所内の担当助役室に持参されて担当職員に手交され、その後、被告は福岡市建築局建築部住宅改良課長名をもつて原告らに対し、右各借入申込書を、解同市協支部長の認印を得たうえで同月一一日までに再提出するように要請する文書を添えて原告らに返送したが、右浅田らは、同月六日、返送されてきた原告らの申込書一三通を改めて住宅改良課の担当職員に手交したというのであり、かつ、前掲各証拠によれば、原告らの右申込書には、それを本件条例に基づく住宅改修資金の借入申込書として取り扱うことを妨げるような格別の不備はなかつたことが認められるのであるから、右原告らの申込書の提出は、まさに原告らから被告に対する申請行為と評価することができ(被告が右申込書を受け取る意思がないことは、右提出行為をもつて申請行為と評価する妨げになるものではない。)、右提出時に本件申請の効力が生じたと解すべきである(被告が右申込書を原告らに返送したのは、原告らにおいて被告の要望に従い任意に申込書を補正することを期待したものにすぎないと認められる(乙第九号証)から、原告らがこれに応じずに同じ申込書を再度提出した以上、申込書が最初に被告に提出された時に申請行為があつたものと解すべきである。)。

ところで、被告は、前記原告らの申込書の提出をもつて借入申請があつたとなしえないことの理由として、原告らの申込書には解同市協支部長の認印がないことをあげているのであるが、右支部長の認印がなければ借入申請があつたとすることができないとのことについては、本件条例及び本件規則上何らの規定も見当らず、かつ、かように解すべき法的根拠を他に見出だすことはできない。そもそも解同市協支部長の認印なるものは、被告の主張自体から明らかなように、住宅改修資金借入申込者の借入資格の有無の判定の便宜上設けられるに至つたものであるから、それは被告が住宅改修資金を貸し付けるかあるいは貸し付けないかを決定するときに考慮さるべき問題と解すべきであり、解同市協支部長の認印がないことをもつて、本件借入申請がなされていないとする被告の主張は失当といわざるを得ない。

三  被告は、本件訴えは昭和五〇年度の住宅改修資金借入れに関するものであるところ、昭和五〇年度は昭和五一年三月三一日をもつて終了したから、原告らの本件訴えの利益は失われた旨主張するので案ずるに、被告の右主張は、住宅改修資金の貸付けは各会計年度ごとに実施されているので、原告らの本訴請求が認容されたとしても、原告らが本件申請に基づいて貸付を受ける余地はないとの趣旨に解されるが、会計年度の終了は行政庁における予算執行上の問題であつて、それ自体不作為の違法確認の有無に消長を来たす性質の事柄ではない。そして、本件条例及び規則をみるも、本件住宅改修資金借入申込みが会計年度の終了により当然にその効力を失うと解すべき根拠を見出しえないので被告の右主張は採用の限りではない。

四  そこで、進んで、被告が原告らの本件申請につき決定をしないことが違法であるかどうかについて判断する。

原告らが、被告に対し、昭和五〇年七月一九日に本件住宅改修資金借入の申請をなしたことは前認定のとおりであり、これに対し、被告が本件口頭弁論終結時に至るも貸付の許否につき決定をしないことは、当事者間に争いがない。

被告が右のように原告らの申請に何らの応答もしない理由は、要するに、原告ら提出にかかる借入申込書に解同市協支部長の認印がないとの一点に帰するのであつて、このことは前提乙第八ないし第一〇号証及び弁論の全趣旨から明らかである。そして、被告の主張によれば、右のような認印が必要とされるのは、本件住宅改修資金貸付けの対象とすべき人を被告自身で判定する具体的方法が他に見当らず、同和地区住民であるとの判定はそれらの人々を代表する組織を通じて行うほかないことその他同和行政の内包する特異的性格に由来するもので、福岡市においては、昭和四一年住宅改修資金貸付制度の発足の当初から、被告と解同市協との協議により、このような認印を求める取扱いが定められ、本件の紛争に至たるまで何の問題もなく円滑に実施されて来たという。

なるほど、右に被告の述べるところは同和行政の一般論として首肯すべき点を含むことは否定できず、右のような取扱をすることにより被告主張のごとく住宅改修資金借入申込者の借入資格の有無の判定あるいは改修を求める住宅が同和地区内に存在するか否かの判定等に便宜を与えるなど、その事務処理を円滑に運営するうえで効果が大きいであろうことは推察に難くない。

けれども、それはあくまで右のような取扱いが実際問題として円滑に実施されうる限りにおいてであると思料されるところ、前掲乙第八ないし第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らが被告の再三にわたる勧告にもかかわらず本件借入申込書に解同市協支部長の認印を付することを肯じなかつたのについては、協同市協の内部における運動方針の相違を原因とする対立が激化し、その結果、原告らは解同市協から袂を分かつて別個の組織を形成するに至つたという事情があることが推察される。即ち、解同協支部長の認印を付するとの前記取扱いが従前効果的に機能して来た基盤に変更を生じたことから本件紛争が生起するに至つたものと認められる。

もとより、本訴は被告の不作為に違法があるかどうかのみを問題とするものであるから、右のような新たな状況を踏まえて、原告らが本件住宅改修資金の貸付を受けるべき適格を有するか否かは当裁判所の判断の限りではない。しかしながら、少なくとも、被告が右取扱いの根拠として主張する前叙の諸点をすべて考慮に入れても、解同市協支部長の認印がなければ被告において貸付対象者の判定が絶対に不可能であるとは到底考えられない。もしまた、仮に被告において個別の事案につき貸付対象者であるとの判断に到達しえず、あるいは、解同市協の認印なしに貸付決定をなすことが福岡市の同和行政上不可であると結論に達するのであれば、被告としては、本件条例の定めるところに従つて貸付をしない旨の決定をすべきである。

しかるに、被告は、本件申請がなされた後一年近くを経過した現在に至るも、原告らに対し貸付をする旨、あるいはしない旨のいずれの決定もなさず、かつ、近い将来にその決定をなす意思があることも認められないのであつて、かくては本件申請をなした原告らの地位を不安定ならしめることはいうまでもなく、被告の右不作為は違法であるといわざるをえない。

(結論)

以上の次第であつて、原告らの本位的請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南新吾 小川良昭 萱嶋正之)

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